国際薬膳師 CHIYUKI ARITA
表面だけ見れば完璧でも、自分だけが知る、自身の不調や渇望というものは、誰にでもある。そこを見つめて「より良くする」工夫を積み重ねていくのが、人生。カラリと明るい話しぶりが小気味よい千幸さんの物語には、そんな心意気が感じられる。

非日常ではなく、日常の中で自分を救う
国際薬膳師の有田千幸さんは薬膳料理教室「光と風の通る家」を主宰する。大切にするのは、日常の中で自分を整える手立て。
「非日常の特別なことは、ここではしていません。家でもできる小さな工夫、けれどひと味もふた味も違ったり、美しくできたりすることを。家で自分のつくったものに癒されてほしいし、ここで話しながら手を動かして、ぎゅっと張り詰めたものをリリースして緩めることができたらいいな、と思います」
食を通して「心の養生」を手渡していく、千幸さんなりの「養生美食住」の思い。

記憶の中にあった未来
もともと食いしん坊で、95%は外食していたというフーディが、食べる側から作る側に回るとは、自身でも想像していなかったという。けれど振り返れば心の中には未来につながる記憶が点在していた。
よく訪ねた祖父母の家。広島の、今では限界集落となった土地で農を営んでいた祖父母は、ものを無駄にしない。「にんじんの皮も食べられるんよ」と教えてくれた祖母の考えに、今はどんどん近づいていく。
幼い頃は、映画『魔女の宅急便』に出てくるキキの母、コキリさんになりたかった。植物からボンッと薬をつくって、おばあさんに「これで体を整えなさい」と手渡すシーンはとてもインスピレーショナルで、素敵!と胸に響いた。
台湾の航空会社でCAをしていた頃、慣れ親しんだ台湾の朝景。街では早朝から飲食店の軒先が賑わう。
「蒸籠から湯気がもこもこと立ち上がり、おじいちゃんおばあちゃんが短パンにスリッパ、肩にタオルをかけて肉まんのタネを詰めている。朝から元気に働いて、これから仕事に行く人たちを元気にしてる。誰かに元気を与えられる仕事ってすごい、私も台湾の朝ごはん屋さんになりたい、と思ったんです」
今、千幸さんは月に何度か、小さなカフェで「養生台湾朝ごはん」のポップアップをしている。薬膳の知恵を詰め込んだ朝ごはんを差し出す千幸さんはキビキビとして、食事と共にたっぷりの陽気を浴びた気分になっているのは、きっと私だけではないと思う。
かつて心を動かされた記憶を辿ると、「食」と「養生」と「誰かのために」をつなぐ、千幸さんの線になっていた。その記憶の一つひとつを千幸さんは「精神的なマイルストーン」と呼ぶ。
「意識して設定していなくても、心の中にある目標。いつの間にかそこに向かっている自分がいるような」

一杯のお粥のちから
中でも象徴的な記憶は、一杯の朝粥。大学時代、留学先のニュージーランドで、朝帰りの前にお粥を食べた。雑居ビルの香港料理店で、白いテーブルクロスの上に出されたお粥にほわっと身体があったまり、「なんだこれ。すごく元気になる、幸せ!」と思った。まだ千幸さんが薬膳を知る前、そして台湾にもまだ出会う前の、小さな記憶の一つ。けれど口に含み、身体に起こる作用にきらめいた喜びの瞬間は、今の千幸さんをつくる転機へとつながる。
今もお粥は、千幸さんの「養生」を伝える大事なメニューの一つ。つやつやしたお粥の美しい味が心身を満たす。ララガンのれいみさんも惚れ込んで、レシピを伝えるワークショップにかけこんだほどだ。

美しいとは、シンプルであること
千幸さんにとって、美しいとは、シンプルであること。素に近いほうが、ベースのよさを生かせる。余計な味つけも、着飾ることも、メークで素を隠すことも、しなくていい。むしろ、しないほうが美しい。
「持ち過ぎない、つくり過ぎない。今の社会問題は皆、やり過ぎて起きていることだと思います。私も以前は腹十二分目まで食べないと満足できなかったけど、今は自分が必要としているものがわかるから、これで充分、と自然に止まる。すると、美容もファッションもどんどんシンプルになって、辻褄が合ってきました」
思えば高校と大学で一人ニュージーランドに留学した時も、スーツケース一つで出かけて、スーツケース一つで帰ってきた。航空会社ではスーツケース一つで飛び回るのに何も不自由しなかった。
スーツケース一つで充分だった過去、あれが「自分のアイデンティティ」と今は言える。
ララガンの魅力も、シンプルな美しさがある。その上、ララガンにしかないひと癖がある、と語る。
「小さなピアスでも、コーディネートの最後に身につけると、凛として、確実に印象が変わる。何よりデザインするれいみさんが好き。れいみさんの思い、職人さんの思いと技術、それが伝わる美しさ。アートピースをつけているような気持ち」
つくった人の思いや行いを知ると、より大事に思える。
「誰がどんなふうに、どんな思いで作ったか、が大事。いろんな人がいろんなことを言える情報化社会だからこそ、見極める力をもって、納得できるものしか買いたくない」

変化を恐れず、いのちの実験
その時々のインスピレーションに従い、何よりその直感を信じて、変化を恐れず進んできた。
千幸さんは「自分の身体は実験台」と言う。良いと思われることをさまざまに試している、と。
日々の具体的な試行錯誤だけでなく、きっと千幸さんは人生もその意気で、まるでいのちの実験をしているように生きているのではないかと思う。自身の命の生かし方を探し求めて、先へ、先へと駆け抜ける。
今の主題は、自分の経験を通して、誰かのいのちを温めること。
「この先、やってみたいことは点ではあるけど、それが線になるかはわからない。かつての自分が今の自分を想像もしていなかったように、この先また想像もつかないことがきっと起きるから、その時にできることをやっていると思います。地球のため、社会のためになること、食に関わることは、変わらないかな」
千幸さんのスピーディなおしゃべりを聞くうち、クールな東洋美人の印象が温度をもち始めて、目を見開いた強い眼差し、アーチを描く眉、笑うとニッと伸びる口……そういえばジブリ映画に出てくるたくましい登場人物のチャーミングな表情に見えてきた。
CHIYUKI ARITA / 有田千幸
国際薬膳師/家庭薬膳アドバイザー。薬膳料理教室「光と風が通る家」主宰。「養生美食住」をコンセプトとしたワークショップやイベントを開催。高校大学時代をニュージーランドで過ごし、台湾の航空会社に客室乗務員として9年勤めたのち、帰国。編集やライターなどを経て、出産を機に自ら慣れ親しんだ台湾にも根付く「中医薬膳」を学び、国際薬膳師としての活動をスタート。できるだけ環境への負荷が少ない国産食材を使用した台湾朝ごはんや植物性の薬膳焼き菓子「千/cen」が人気を集める。企業のレシピ開発、また環境やサステナビリティにまつわる記事も執筆する。
@chiyuki_arita_official
Photography_DAEHYUN IM
Interview&Text_YUKO MORI