ガラス作家 YOKO ANDERSSON YAMANO
スウェーデンを拠点に活動するガラス作家、山野アンダーソン陽子。工房で一点ずつ仕上げる吹きガラスによる作品は、スウェーデン、日本、世界のさまざまな場所からオーダーが来るという。その活動もユニークで、世界各地で開催される展示のほか、自ら企画したガラスの器と静物画、写真からなるプロジェクト『Glass Tableware in Still Life』の出版、東京・オペラシティなどでの展覧会、エッセイ集『ガラス』の執筆など、多様な領域でガラス食器のあり方を思考し、自らの関心のおもむくまま、軽やかに横断していく。

山野さんのガラス作品の存在感は見れば見るほど不思議だ。たとえばコップ。余計な装飾も、一目でわかる特徴もない。だけれども、すっとしたたたずまいと、醸し出されるなんともいえないあたたかさが、まぎれもなく山野アンダーソン陽子らしさとしかいいようのない雰囲気をまとっている。透明なガラスの表情に、本人のユーモアや好奇心さえ、見え隠れする。洗練されたシェイプだが、そこにジェネリックさはなく、本当とは何か、を探究してきたまっすぐな眼差しを感じさせる。
エネルギーに溢れた人だと会うたびに思う。よく通る大きな声で途切れずしゃべり、好奇心旺盛で「それって何?」「それは何でそうなったの?何でそう思うの?」とすぐに質問する。よく笑い、間違ったこと、納得がいかないことに対しては、はっきりと意見する。知らなかったことには「そうなんだー!」と素直に驚き、アイデアに溢れ、出会う人みんなが好きになってしまう、そんなほとばしるようなエネルギーを持った人だ。だが、文字通りガラスのようなその真っ黒な瞳の奥には、圧倒的な静けさがある。自分の足で孤高の道を歩んで来た人だけが持つ、強さと熱を感じる。
ララガンデザイナーの高橋れいみさんとの出会いは、2024年、フォトグラファーの松原博子さんの紹介だという。オペラシティの展示を通して作品に惚れ込み、展覧会も各所で順番待ち状態の人気者の山野さんとの展示が、今年ようやく実現する。
ララガンの印象は、と尋ねると、「バランスがいい感じ。物って何でも両面性があるけど、ララガンのジュエリーは女性的で力強い。華やかだけど、フェミニンなだけではなくて、つけている人が動いている、行動していくような印象があるかな」と語った。

そもそもガラスに興味を持ったのは小学生の頃。「ガラスって何だろう」と思ったのが始まりだった。雨や水、空気のほかに透明な物質って世界にあまりないけど、どうやって作られているんだろう?と純粋に興味があった。神保町や国立国会図書館でガラスについて調べるようになり、素材を知るために大学時代にイタリアやアメリカなど国内外の工房や工場を数多く訪ねる中で、自分は装飾的な作品よりも、人が日常的に使う「道具」をつくりたいという思いが明確になっていった。
「私は最初から量産されるクラフトに惹かれていたんだと思う。同じようなものがたくさん存在している風景に魅力を感じていたから、ガラス製品を量産できる吹きガラス(熱で溶かしたガラスを吹いて成形する様式)を選んだ」という。大学卒業後、スウェーデンの吹きガラス生産が盛んなコースタという村に渡る。その地で3年間、徹底的に技術を叩き込まれた。ものづくりの技術は身についた一方で、「自分が何をつくるべきなのか」という問いは、むしろそこから始まったという。なぜ人はガラスを求めるのか。これだけ機械による大量生産が発達した時代に人間が手でつくる意味とは何なのだろう、そして、自分は何をつくりたいのか。そこから山野さんの関心は、人間の暮らしの豊かさとは、という問いへと向かう。制作を続ける傍ら大学院へ進み、現代におけるプロダクトデザインとクラフトのあり方を探究した。そうした経験や問いの積み重ねが、現在の制作へとつながっている。

「私は、人間に興味がある。人間の行動、それが最大のインスピレーション。だから”人に使われるガラス”が作りたい」と語る。「人はそれぞれ、その人にしかないクセや、行動、行為がある。例えば、私は友達の展示会のDMを本の間に挟んでいつも忘れちゃう。じゃあ透けて見えるようなクリアなガラスのブックエンドで、かつオブジェにもペーパーウェイトにもなる、いろんな使い道があるプロダクトをガラスで制作しよう、と思いついたりする。そのプロダクトを誰が、どういうふうに使うのか、そこから造形のヒントが生まれて、その人に合わせた変化を少し加えることで、動作がサポートできたり、日常的に気持ちよく使えたりする。ワイングラスを作るんだったら、結構飲む人だったら酔っ払うと手元もふらふらするだろうから、フットの付け根のほうにガラスの溜まりをつけて厚めに作れば安定感が出るなとか。そういうのを考えるのが面白い」。
ガラスの日用品は機械生産のマスプロダクトと比較されることも多いが「私は決してアンチ・マスプロダクトではない。すべては使う人、その人の用途の問題だと思ってる。結局“マス”なんて存在しない、“個” の集まりでしかない。要はその人の暮らしの中にプロダクトがどういう風に存在して使われてるかっていうことじゃないのかな」。まとまった個数のオーダーに対しても、制作前に使い手に話を聞くことがすごく大事だという。「個の集まりの“個” の部分に答えられるのがガラスを一つひとつテーラーメイドで吹ける工房の強み。だからお客さんのヒアリングはすごい大事にしてる。それって何に使うの?誰が使うの?どういう時間帯に、どういう用途で、って聞くだけでもその人のことを知れた気がする。豊かだよね」。
れいみさんが「ジュエリーと似てますね」とポツリと言った。「どの指につけるのか、例えば美容師さんだったらブレスレットはちょっとタイトにつけたいとか、人の日常の中でのジュエリーのあり方は、それぞれ違うんです。そういう個に寄り添う感じが近いなって思いました」。
ガラス制作は環境的・気候的にしやすいからスウェーデンにいるけど、どこにいても、人間に対する興味や、人の行為に関わるものを作りたいという根っこは変わらない。「私の願いは、その人たちの人生の中にすっと入っていけるものを作ること。意識せず、触り心地とか飲み口とかがいいからこれを選んでるって、直感とか本能で選ばれるものを作りたいなと思ってる。使い手がいるから私たちは作る。使ってくれる人が、自分たちの“個”の人生を大事にできるものが作れたら」と語った。

自分と向き合い、問いをやめない山野さんの相棒は、ペンと無地のノート。「小学校の頃、母が入院したり仕事が忙しかったりした時期に、母と交換日記をしていて、それ以来書くことが当たり前になった。必ずペンじゃなくて2Bか6Bの鉛筆を使う。濃いほうがいいし、スケッチもするから柔らかいと面も塗りやすい。どこにいくにも必ずノートを持ち歩いて、その時の気持ちを書いたり日記を書いたり、後はアイデアノートとして使ったり。料理の覚書、制作メモ….本当にあらゆることを書く。だからノートは友達みたいな感じ」。
人生を終えるまでにやりたいことは、という問いには、「今この瞬間からその日までは、毎日の積み重ねでしかない。だから私はその日々の積み重ねを最後までちゃんと“継続”することが、やりたいこと」とクラフトマンらしい答えをくれた。「私は継続がすごく得意で、そういう仕事を選んでいるし、決まったことを続けるのは苦ではない。でも最近は、ルーティーンを決めすぎないで、ちょっと気になってることにトライしてみたら自分にとって新鮮なことが起きたりして、と思ったりしてるかな」と、目をいたずらっ子のように輝かせながら語った。
YOKO ANDERSSON YAMANO / 山野アンダーソン陽子
スウェーデンのストックホルムを拠点に活動。北欧最古のガラス工場であるコースタ内の学校で吹きガラスの手法を学び、その後スウェーデンの国立美術工芸デザイン大学にて修士課程を修了。ガラスという素材の特性を探求しながらも、様々な文化や文脈における人々の行動や私的な癖に着想を得た作品を制作。特に、クリアガラスの透明性、流動性、そして可能性に強い関心を寄せ、ヨーロッパやアメリカ、日本などで作品を展開。自身発案のアートプロジェクト「Glass Tableware in Still Life」の活動やその他のプロジェクトを通してガラス食器のあり方を多方面から表現思考し、2026年より新たなプロジェクトも開始。著書に写真家・長島有里枝との共著「ははははの往復書簡」(晶文社)、アートブック『Glass Tableware in Still Life』(torch press)、エッセイ『ガラス』(Blue Sheep)などがある。
www.yokoyamano.com
@yoko_yamano
Photography_DAEHYUN IM
Interview&Text_SAWAKO FUKAI